タハラレイコ 共同監督/脚本/編集/撮影

この映画を完成するのに9年かかった(!)。その間私たちはニューヨークで子供を育て、2回引越、ようやっと家族生活を維持し、ワールド・トレードセンターの粉塵のにおいを嗅ぎ、戦争について考え込み、マックスのお母さんは逝ってしまわれた。生活しながら映画を仕上げるということは私たちにとって挑戦であり希望でもあった。自分たちの限界を知りつつ、でも可能性を見ようと思っていた。今、娘はここブルックリンで強くやさしく育っているし、つつましい暮らしにも慣れたし、そうして出来上がったこの作品には私達の家族としての最初の十年間のエッセンスが詰まった。

小さなボートに二人、二つのホームの間に広がる太平洋を超えようと揺さぶられ、そしておそらく貞純さんの人生を通して仏教というものに触れて、私の自主映画制作者としての若い欲張りだった夢は少しは成長したように思う。

私の映画作りのベースは、私たちの日本人としてのアイデンティティーと痛いが楽しい現実的なブルックリンの生活だ。そしてそれが広がる。マックスの文化の違いを超えた真実への興味と、私の女性、宗教、家族といったテーマへの好奇心、そして二人が共有する歴史への傾倒が層を増やす。マックスの音と映画音楽への美学と私の視覚的/物語的感覚、ドキュメンタリー史上の秀逸作品へのリスペクトなどが私たちの思考や感情に骨組みを与えていく。妥協しない長さや複雑さのため容易に見れる映画でないかもしれないけど、きっと観る人の心を揺さぶり、長い間心に残ってくれると信じている。そして見てくれた人がそれぞれの幸せを考える上で役に立ててもらえたら、と思う

最初は欧米のテレビ向けに貞純さんの簡単なポートレイトを作ろうという試みだった。でも彼女の死後、彼女の閉じ込められた感情を探し求めてたら、最後には風変わりな探偵物語風ドキュメンタリーになってしまった。振り返ってみると、貞純さんが亡くなったから映画が出来たとも言える。彼女が生きていたら、自分の女性としての部分を掘り下げられるようなことは許さなかっただろうから。だけど、妙なことに、貞純さんが私たちを使ってこの映画をこういう構成にさせたような気もしてならない。

 

上杉幸三マックス 共同監督/撮影/音楽/サウンド・デザイン

日本での2回目の撮影の後、映画全体の構成と音楽のテーマをいくつか考え始めた。でも最初に思いついたこの映画の音楽的アイデアはお経を聞きながら撮影していた時に既にあった。

この映画の前には人の映画作品に音楽をつけていた、が、いろんな不満が募りどうしても自分の映画に音楽をつけたかった。自分が監督であり撮影者であることで、現場で感じる感覚や作品全体の構成を考える時点で自由に“映画音楽”というものに取り組んでみたかった。自分自身の一次的な制作体験を音楽的ストーリーとして表現する ー第三者として仮編集を観た後に画面の前で感じる感覚ではなくー この考えは素晴しい!ハズ、だった

ただ、その時には来るべき問題はまだ見えてなかった。そしてそのことは実際にしばしばおこった。作曲者(自分)の理想や都合により編集者(レイコ)に編集の手直しを要求し、しかも最終的には監督(レイコと自分)から了解を得る・・・。作曲者にこれだけの自由が与えられるこのシナリオというのは、一般的な編集過程の優先順位からすると普通ではない、あってもごく稀、である。だがそれがやりたいが為に自分の作品に音楽をつけたかったわけで、その逆転した関係のために、作曲者は独自の音楽的物語を構築する事が出来た。しかし皮肉なことに、作曲者にとってと監督にとってのベストはしばしば相容れないため、レイコとの間はもちろん、監督と作曲者としての自分の中で一つの合意に達するまでにとてもとても時間がかかる事がしばしばあった。(中にはとうとう最後まで合意に達する事なきものもあった)

このようにして幾つかの音楽的テーマ・メロディを混合させたり独立させたりして映画全体の中にちりばめた。貞純さんのテーマ、自分達のテーマ、仏教のテーマ、親のテーマ、など。しかし最初からこの映画の中心音楽は既に映画の中に存在していた。お経である。いろんなお経。だから私の作った音楽は私なりの物語伝承の一つの手段にすぎないーもちろん、単に聴衆に感情移入を促すというおせっかいなムード助長用の下敷きのつもりではなく。会話の中やナレーションを縫うように、同じテーマを時には違うテンポで、違う色で。耳に入る個々の色んなテーマをたどっていく事でオーディエンスの人達にレイコの言葉でのストーリーテリングと、自分の音楽でのストーリーテリングとを並行して楽しんでもらえたらと思う。もし2回目に観てよーく聴いてたら何か新しい発見(発聞?)があるかも。

確かにこの映画『円明院』は主人公の貞純さんについての映画でありその跡継ぎの清純さん、そして彼女達を取り巻く仏教文化についての映画である。しかしこの映画はMREXの目を通して見た事によって存在している。その見方というのは日本で形作られニューヨークで養われた見方である。この映画は日本で作られたものではない。かといって外国人が作ったものでもない。日本の“外”に住む日本人が作った作品である。結局のところは一元的なある一つの文化観の見方を超えたところで観て聞いて判断してもらいたい。