両親亡き後、実家を掃除した時に見つかった、父親の名前が書かれた卒業証書らしき紙切れと風呂敷に包まれてあった大量の同窓会報らしき冊子群。毎号の冊子の見開きには丸メガネをかけた紳士の写真と『我が恩師 大川先生』と書かれてあった。

リサーチ後に突き止めたのは、彼らが師と仰ぐ大川先生とはかつて東條首相らとともに28人のA戦犯の一人としてあの東京裁判で起訴された『大川周明』であり、自分の父親がその大川周明が主宰したとされる満鉄東亜経済調査局付属研究所(通称:大川塾)の卒業生だという事だった。

さらにリサーチを進めると、大川周明は「大東亜共栄圏構想の生みの親として、アジア侵略を企んだ日本皇軍のブレイン・トラスト」として東京裁判で起訴されたが、裁判中に発狂し強制入院させられた後、罷免されたことを学ぶ。「大川塾」の門下生として、かつて汎アジア主義運動に関わっていたかも知れない父親の足跡を辿ろうと、大川塾の生き残りの人々の話を聞いていくうちに父親の歩んだ戦前、戦中、戦後の軌跡、自身が受けた戦後の歴史教育の中で教えられなかった「封印された史実」の数々が見え始める...